流せるのに3倍強度、激落ちくんの特許製法とは?


衛生意識の高まりと、在宅勤務の普及に伴って、使用頻度の上がっている自宅トイレまわりをキレイに掃除したいというニーズが非常に高いものとなっています。

トイレを清掃するためのグッズはとても多岐にわたりますが、紙製の、いわゆる「トイレに流せるクリーナー」は、さっと使えてすぐ流せるという点で、愛用している方も多いのではないでしょうか。

ウェットティッシュの強度を上げるには?

このようなウェットティッシュ型の製品は使用法が明快ですが、特にトイレ用清浄用シートとして使う場合には、通常のウェットティッシュよりも、破れないように強度をもたせる必要があります。従来の清浄用シートとしては、セルロース繊維を含むティッシュウェブからなる第一層と、エアレイド不織布ウェブという特殊な形状を有する第二層を積層したものがありました(参考:米国特許第8257553号)。

この清浄用シートは、抄紙によって得られる第一層と、第一層とは異なる製法のエアレイド法により得られる第二層と、両者を一体化させるバインダー(接着剤のようなものです)とを必要とするものです。

一般的に、このような構造のウェットティッシュに、さらなる強度を持たせるには、バインダーの塗布量を多くすることが考えられます。

しかし、バインダーの塗布量を多くしようとしても、望む量のバインダーを塗布することができず、シートに強度を持たせることができなかったり、乾燥に長時間を要したりしてしまうという問題がありました。
このような問題を解決して、従来品よりも3倍の強度を実現したのが、今回紹介する「激落ちくん」の特許です。

どうやってバインダーをたくさん塗るのか

本特許は、特許6837058号、レック株式会社による「パルプ積繊シート製造方法及びパルプ積繊シート製造装置」の特許です。出願日は2017年4月25日、登録日は2021年2月10日です。なお、この特許は国際特許出願もされています。国際公開番号はWO2017/188248です。

さて、上述のとおり、バインダーをたくさん塗れば強度は上げられるということはわかっているのですが、現実問題として、必要な量のバインダーを塗ることができないでいました。

所望の強度を有し、なおかつ、生産効率を向上させるようなシートを得るために、発明者が行ったのは、「シートの同一の面にバインダーを複数回塗布するにあたり、バインダーが塗布されるたびにシートを乾燥させる」ということでした。バインダーとしては、トイレに流せるようにするために、水に触れるとすぐにほぐれるような(水解性)素材を選択します。具体的には多糖誘導体であるカルボキシメチルセルロース(CMC)を用います。

製造にあたっては、シートの乾燥において電子レンジと同じようなマイクロ波を用いる電磁波乾燥を採用しました。電磁波乾燥は、短時間で乾燥を行える利点があり、また、シートの内部にまで透過して加熱することにより、均一に加熱・乾燥できるという利点がありました(赤外線加熱に比べてエネルギーを30%節約できる)。なお、熱風乾燥を用いるとシートに形成されたエンボス加工(凹凸加工)が風の圧力で潰されてしまうため、やはり電磁波乾燥が有利でした。

バインダーを一気に大量に塗ろうとすると、水分が多くなり、乾燥に長時間を要してしまうため、生産効率が低下します。また、多くの水分を含有したシートは引張強度が低下し、搬送中に破損してしまうこともあります。

そのため、まずは少量のバインダーを塗布して、引張強度の低下を抑え、搬送中の破損を防止します。少量のバインダーが塗布されたシートを乾燥させて表面を固くし、強度を持たせた上で、次に少し多めのバインダーを塗布すれば、破損を防止するとともに一回で塗布不可能な量のバインダーでも塗布可能となりました。このような製法の開発によって、従来品の3倍強度のトイレクリーナーが誕生したのです。

単純な工程だが、誰もやっていなかった

おそらく説明を読まれた方は、「結構簡単な話だな」と思われた方も多いかと思います。とてもシンプルな問題解決方法でしたよね。しかし、これを誰もやっていなかったから特許になったのです。実は本特許は、出願してから(国際出願も含めて)、一度も拒絶理由が通知されることなく、いわゆる「一発特許」になっているものです。それくらい、独自性のある技術だということですね。

特許というと技術的に非常に高いレベルを持っていないといけないと思われるかもしれませんが、そうではなく、「誰もやっていなかった」「誰も思いつかなかった」ことが大事なのです。身の回りの創意工夫も、特許になる可能性があるかもしれませんよ。



Latest Posts 新着記事

知財の主戦場は「充電」から「交換」へ——CATLが先回りする日本市場の布石

世界最大級の車載電池メーカーCATLは、セルやパックの“モノづくり”を超えて、交換式バッテリーによる「BaaS(Battery as a Service)」へと事業射程を拡張している。交換ステーション、共通モジュール、運用ソフト、資産管理—この新モデルが成立するとき、勝負を決めるのは工場規模だけではない。規格化を押さえる特許と、サプライチェーン横断で効くサービス設計の知財である。中国本土では、Si...

環境×技術×知財 BlueArchがつくる“持続可能な海洋モニタリング”の新モデル

海岸林、マングローブ、塩沼、藻場などの ブルーカーボン生態系 は、地球温暖化対応の大きな鍵となる。これらの環境は、陸上森林よりも濃密に炭素を隔離する能力を持つという報告もある。Nature+2USGS+2 だが、こうした海・沿岸域の調査・保全には「アクセス困難」「高コスト」「リアルタイム性の欠如」といった課題が横たわる。ここに、ドローン技術、GPS(あるいは水中位置推定技術)、そして特許設計による...

ファーウェイ、特許で動く EV×5G基地局に見る中国知財の拡張戦略

■ 序章:静かに増える“赤い知財網” 特許庁の公開データを丹念に追うと、近年ひとつの変化が浮かび上がる。日本国内での中国企業による特許出願が、2015年以降、年率二桁で増加しているのだ。 とりわけ通信・電池・モビリティといった「脱炭素×デジタル」分野に集中しており、日本企業が得意とする領域を正面から狙っている。こうした動きの中心にいるのが、通信大手・華為技術(ファーウェイ)である。 米中摩擦のさな...

終わりなき創造の旅 厚木の発明家が挑む“次の技術革命”」

特許数でギネス更新 21世紀のエジソン、厚木に―発明の街が問いかける、日本の未来図 神奈川県厚木市―東京からわずか1時間足らずの距離にあるこの街が、世界の技術史に名を刻んだ。特許数の世界記録を更新した発明家、山﨑舜平(やまざき・しゅんぺい)氏が拠点を構えるのが、まさにこの地である。彼の名がギネス世界記録に再び載ったというニュースは、科学技術の世界だけでなく、日本人のものづくり精神を象徴する話題とし...

知財は企業の良心を映す鏡――4億ドル評決が語るイノベーションの倫理

2025年10月、米テキサス州東部地区連邦地裁で、韓国の大手電子機器メーカー・サムスン電子に対し、無線通信技術の特許侵害を理由に4億4,550万ドル(約690億円)の賠償を命じる陪審評決が下された。この判決は、単なる企業間の紛争を超え、ハイテク産業における知的財産権(IP)の重みを再認識させる事件として、世界中の知財関係者の注目を集めている。 ■ 「技術を使いたいが、支払いたくない」——内部文書が...

知財が揺るがす電機業界――TMEIC×富士電機、UPS特許訴訟の裏側

2025年夏、産業用電源装置分野を揺るがすニュースが伝わった。東芝三菱電機産業システム(TMEIC)が、富士電機の無停電電源装置(UPS)製品が自社の特許を侵害しているとして、韓国において訴訟および輸入禁止の措置を求めた件である。韓国貿易委員会(KTC)は8月下旬、TMEICの主張を一部認め、富士電機製の特定UPSモデルについて韓国への輸入を禁止する決定を下した。日本企業同士の知財紛争が、国外で具...

「JIG-SAW、AI画像技術で米国特許を獲得へ 知財を武器にグローバル競争へ挑む」

はじめに:発表概要と意義 JIG-SAW(日本発の IoT / ソフトウェア/AI ベンチャーと理解される企業)は、米国特許商標庁から「コンピュータビジョン技術」に関する Notice of Allowance(特許査定通知) を取得した旨を、自社ウェブサイトおよびニュースリリースで公表しています。 具体的には、JIG-SAW は「コンピュータビジョン技術、画像処理・画像生成支援技術」分野において...

「特許で世界を包囲する中国 イノベーション強国への加速」

はじめに:なぜ国際特許出願数が注目されるか イノベーション(技術革新)の国際競争力を測る指標として、研究開発投資、論文発表数、特許出願数などが長らく注目されてきました。特に国際特許(例えば、特許協力条約 PCT 出願、あるいは各国出願による外国での保護を意図した出願)は、一国の発明・技術が国際市場を見据えて保護を志向していることを示すため、技術力だけでなく国際志向性の強さも反映します。 近年、中国...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る