モバイル端末が登場してから、ガジェットマニアでなくとも、携帯できる端末としてのウェアラブル装置についてのユーザーの関心は常に高いものでした。ウェアラブルというからには文字通り常に着用(装用)していることが前提ですが、特に昨今の健康・安全意識の高まりによって、ウェアラブル装置に対して健康増進ガジェットとしての期待も高まり、同時に、ウェアラブル装置には装用における快適性も求められるようになってきました。
そのような背景において、今後のウェアラブル装置において必須のファクターとなる、伸縮性・可撓性のある電子回路やアンテナに関する特許が登録され、すでに実用化されつつあります。今回は新たなウェアラブル装置の基礎技術となる可能性をもった、伸縮性電子装置に関する特許を2つ紹介します。
伸縮性及び可撓性電子装置(特許番号US10263320B2)
まず1つめは米国Ohio State Innovation Foundation(OSIF)による特許です。米国での登録日は2017年1月19日です。
アンテナや回路というと、従来は硬い基盤の上に銅などの金属パターンをエッチングなどの技術を用いて配線することで形成されてきました。このような基盤は、変形させることができず、無理な力が加われば破断されてしまうので、連続的な変形が生じる用途、例えば衣服などには使うことができないものでした。
本発明では、このような、アンテナや回路といった電子デバイスを、導電性の繊維材料(E-fiber)で作成することで、例えばWi-Fiルータや携帯電話基地局からの信号をブーストするような衣服がつくれるというのです。
具体的には、一般的なミシンなどにすでに搭載されている刺繍縫いのプログラムを応用し、衣服の生地を基材として、そこに導電性の糸を縫い付けていくことで実現されます。
上図はごく簡単なモデルとしての、アンテナ22を作成するための製造フローです。コンピュータモデルを基にして、そのモデル回路に沿うように導電性の糸を遷移基材の上に縫い付けていきます。
実際に作成したものの写真として、導電性繊維でつくったものと、銅線でつくったものとの比較です。つまり、これまで金属でつくっていたものを、ほとんどそのまま線維化できるというわけです。なお、このアンテナの性能を比較すると、E-fiberアンテナのほうが若干低い性能となってしまうものの、許容範囲の性能を示すとのことです。しかしそれよりも、2ヶ月間伸縮、屈曲を繰り返したあとも同様の性能を示すことができたとのことで、そのほうが重要なことだといいます。
実際の使用例としては、シャツやベルトに搭載することが考えられます。また、ジャケットに組み込むことで、着用者の呼吸や運動状況、汗、血圧といった健康状態を監視し、そのデータを無線送信することができるセンサーとなりうるとしています。
伸縮性導体組成物からなる配線を有する衣服(特許第6741026号)
2つめに紹介するのは、日本の東洋紡株式会社が特許を取得した発明です(国際出願日:2016/1/13、日本での登録日:2020/7/29)。1つめに紹介した技術は実現可能性を示した特許でしたが、東洋紡は実際に製品化まで進めました。
衣服にエレクトロニクスを組み込むために伸縮性導電体を組み込むことは必須の構成ですが、東洋紡は導電性の糸を刺繍糸のように縫い付けていくことは大量生産に向いていないとして他の方法を考えました。
東洋紡では、柔軟性のある樹脂に、導電性粒子である金属粒子(銀粒子など)に、絶縁体である硫酸バリウム粒子を配合することとしました。硫酸バリウム粒子は絶縁体であるにもかかわらず、これを配合することで驚くべきことに、繰り返し伸長した際の導電性低下が抑制され、伸縮性導体の耐久性を高めることができるのだそうです。
そして、この伸縮性導体組成物に対して、さらに表面にカーボンを導電フィラーとして用い、絶縁コート層と合わせて電気配線を有する衣服をつくりました。
特許明細書においては、応用実施例として、衣服の脇の部分に伸縮性導体組成物シートで直径50mmの円形電極を形成させ、さらに胸部に幅10mmのシート配線を形成させることで、心拍計測機能を組み込んだスポーツシャツを作製しています。
生体情報計測のためのスマート衣料素材COCOMI
東洋紡はこのような導電組成物を用いたフィルム状導電素材を用いて、生体情報計測ウェアを実用化、販売しています(https://cocomi.toyobostc.com/)。
このようなウェアラブルなセンサーは、作業現場や介護の見守り、運転中の眠気検知、スポーツ科学に基づいたアスリート支援など、応用範囲はかなり広いものとしています。
参考リンク:https://www.toyobo.co.jp/discover/materials/cocomi/index.html
ウェアラブル電子デバイスは今後「あたりまえの技術」に
今回は衣服を電子デバイス化する特許技術を2つ紹介しました。衣服はみなさんあたりまえに着用していると思いますが、例えば寒い地域で重宝するヒートテックなどは、現在多くの人が普通に着ていますよね。同じように、ウェアラブル電子デバイスも、将来はごく当たり前の存在になっているかもしれません。
クルマを運転する際のアルコール量検知なんて、衣服が自動で行ってくれたら飲酒運転も減るかもしれませんよね。また、人体だけでなく、動物(家畜)などに装着することで、飼育管理にも使えそうです。今後さらに発展が期待できる分野ではないでしょうか。