特許で稼ぐ“東大流”──特許庁が地方大学に知財ノウハウを派遣


はじめに:東大式知財戦略を全国へ

特許庁は2024年度から、東京大学で培われた知財活用ノウハウを地方大学へ移転するための新事業をスタートさせた。
その名も「特許で稼ぐ『東大流』指南」。東京大学の知財部門で経験豊富な専門人材を、地方大学に派遣することで、研究成果の事業化・収益化を後押しする狙いだ。
背景には、地方大学が抱える深刻な財政難や、産学連携・知財戦略の未整備といった課題がある。

1. 事業開始の背景と目的

■ 地方大学の知財活用の遅れ

首都圏の大学に比べ、地方大学では特許出願数やライセンス収入が少ない。研究者のアイデアや成果はあっても、それを産業界と結びつけて収益化する体制が十分でないケースが多い。
背景には、知財部門の人材不足、戦略立案の経験不足、企業とのネットワーク不足がある。

■ 東大流の強み

東京大学は2000年代初頭から産学連携を積極化し、大学発ベンチャー創出、ライセンス契約の拡大、国際特許出願の推進などで国内トップクラスの実績を築いてきた。
特許ポートフォリオの構築からライセンス交渉、事業化支援まで一貫して行う「東大流」知財戦略は、大学収益の安定化に大きく寄与している。

■ 特許庁の狙い

特許庁は、日本全体のイノベーション力向上には「地方大学の底上げ」が不可欠と判断。地方に眠る優れた研究成果を、知財活用によって社会実装につなげるため、今回の人材派遣を企画した。

2. 事業の具体的な内容

今回の事業では、以下のような施策が展開される。

  1. 知財専門人材の派遣
    東大の知財部門や産学連携本部で経験を積んだ人材を地方大学に派遣。研究成果の発掘から特許出願戦略、企業マッチング、ライセンス契約交渉までを直接指導する。

  2. 知財戦略ワークショップの開催
    教員や研究員、大学職員向けに、特許の基礎、出願書類の作成方法、海外出願の重要性、企業との契約交渉術などを講義形式で提供。

  3. 収益化モデルの構築支援
    単発の特許出願にとどまらず、複数特許を組み合わせたパッケージ化や、用途展開の提案など、実際に企業にとって魅力的な技術商品化モデルを設計。

  4. 成果の評価とフィードバック
    年度末には、ライセンス収入額、契約件数、共同研究数などを指標に効果を検証。次年度以降の改善点を明確化する。

3. 東大流のポイント

「東大流」知財戦略は、単なる特許出願の多さではなく、質と収益性の高さに特徴がある。

  • 市場ニーズ重視
    出願前から企業ニーズを徹底調査し、市場性のある技術を優先的に出願。

  • 包括的ポートフォリオ管理
    技術のライフサイクルや用途拡張の可能性を踏まえて特許群を構築。

  • 積極的なライセンスアウト
    ベンチャー企業や中小企業への柔軟なライセンス契約で市場浸透を加速。

  • 国際戦略
    海外市場での競争力を確保するため、PCT出願や主要国での権利化を重視。

4. 期待される効果

■ 地方大学の収益基盤強化

知財ライセンス料や共同研究契約による安定収入を確保できれば、国からの運営費交付金減少を補える。

■ 産業界との距離の短縮

特許活用を通じて企業との信頼関係が強まり、新規事業や共同開発プロジェクトが生まれる。

■ 地域経済の活性化

大学発の技術が地域企業の競争力向上につながり、地域経済全体の活性化を促す。

5. 課題と展望

もちろん、課題も少なくない。

  • 人材定着の難しさ
    派遣期間終了後に知財戦略を継続できる人材を学内に育成する必要がある。

  • 地域産業構造への適応
    東大の成功モデルをそのまま移植するだけでは成果が出ない可能性があり、地域産業や市場環境に合わせたカスタマイズが必須。

  • 資金面の継続性
    特許出願・維持には費用がかかり、短期での収益化が難しい場合も多い。

6. 今後の広がり

特許庁は、まず数大学での試行を経て、効果が確認できれば全国的に展開する方針だ。将来的には、地方大学同士や産業界を巻き込んだ知財ネットワークを構築し、日本全体の知財活用レベル向上を目指す。

まとめ

「特許で稼ぐ『東大流』指南」事業は、地方大学の知財力強化と収益化を狙う野心的な試みだ。成功すれば、日本の大学の知財戦略は新たなステージへ進み、地域から世界へ技術が羽ばたく道が広がるだろう。
特許庁、東大、地方大学、それぞれの知見と力を融合し、日本発のイノベーション創出を加速する──その第一歩が、いま始まった。


Latest Posts 新着記事

Prizmが描く勝利の視界 ― 600件超の特許が守る選手の目

世界陸上の舞台で、トップアスリートが身につけているアイテムのひとつに「サングラス」があります。強い日差しや照り返しから目を守るためだけでなく、競技中の集中力やパフォーマンスを引き出す重要なギアとして機能しています。その中でも圧倒的な支持を集めているのが、アメリカ発のスポーツブランド「Oakley(オークリー)」です。同社のサングラスには、実に600件を超える特許技術が組み込まれており、その革新性こ...

「健康経営×SAP」――心と体を支える特許システムの誕生

近年、企業活動において「従業員の健康」が経営資源として注目を集めています。生産性向上や離職防止だけでなく、メンタルヘルス不調による損失を防ぐことは企業にとって重要な課題です。こうした背景のもと、グローバルに広く導入されている基幹業務システム「SAP」の技術を応用し、心身の健康状態を統合的に把握・支援する「心身健康サポートシステム」が開発され、このほど特許を取得しました。本稿では、その仕組みや特許の...

薬剤師DXの最前線:「corte」が切り拓く服薬指導の数値化と教育的活用

序章:薬剤師業務のDXと新たな挑戦 近年、薬局業界では「服薬指導の質」をどのように高め、標準化していくかが大きな課題となっています。高齢化に伴う患者数の増加、処方薬の多様化、さらには医薬分業の進展によって、薬剤師に求められる役割は年々広がっています。しかし、現場の薬剤師は限られた時間の中で一人ひとりの患者に合わせた指導を行う必要があり、その質を定量的に評価する仕組みはこれまで存在しませんでした。 ...

「ファーウェイ特許網」 世界市場を覆う知財シールド

1. ファーウェイ特許網 ― 世界市場を覆う知財シールド 近年、通信機器大手ファーウェイが構築してきた特許網は、単なる防御的知財戦略を超えて「攻防一体の知財兵器」となっている。特に5G関連特許の保有数は世界でも群を抜いており、各国の通信キャリアや端末メーカーがサービスを展開する際にライセンス契約を避けられない状況を作り出している。米国の制裁によって半導体調達が制限された同社だが、それでもなお「知財...

米国市場の医薬品・物流に衝撃 トランプ政権が打ち出す異例の関税強化

はじめに:新関税方針の概要 2025年9月25日付で、ドナルド・トランプ米大統領は、次のような新たな輸入関税措置を発表しました: ブランド/特許医薬品(branded / patented pharmaceutical products) に対し、100%の輸入関税 を課す。 ただし、例外として「米国国内で製薬施設を建設中(“under construction”または“breaking grou...

エーザイ「レンビマ」特許訴訟、ドクター・レディーズと和解 ― 後発品参入は2030年以降に

はじめに:レンビマとエーザイ / MSDの提携経緯 「レンビマ」(一般名:レンバチニブ)は、エーザイが創製した経口マルチキナーゼ阻害薬で、がん治療領域で複数の適応を持つ薬剤です。特に、腎がん、肝がん、子宮体がんなどで使用が認められており、米国においてもエーザイが MSD(米国名:Merck)と協業してグローバル展開を進めています(この協業により、MSDはレンビマを Keytruda 等との併用での...

AIMイムノテック、日本でがん治療特許を取得 ―アンプリジェンとチェックポイント阻害剤の併用療法、2039年まで独占保護―

はじめに:ニュース概要 2025年9月25日、AIMイムノテック(AIM ImmunoTech)は、日本において「アンプリジェン(Ampligen®, リンタトリモド)とチェックポイント阻害剤との併用によるがん治療」に関する特許を取得したと発表しました。 この特許の存続期間は2039年12月20日までとされています。 取得された請求項は比較的広範であり、併用療法の対象がん種、投与経路、投与レジメン...

「しなやかでタフ」なカルコパイライト太陽電池の進化戦略

はじめに 太陽光パネルといえば、重くて硬いシリコン製を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし今、次世代技術として「カルコパイライト太陽電池」が静かにその存在感を高めています。 「曲がる太陽電池」カルコパイライトとは? カルコパイライト太陽電池は、銅(C)、インジウム(I)、ガリウム(G)、セレン(S)などを原料とする化合物系の薄膜太陽電池です。これらの構成元素の頭文字をとって「CIGS(シグス)」と...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る