2025年春、三菱電機株式会社が特許庁より「知財功労賞」の特許庁長官表彰を受賞した。この表彰は、知的財産の創造・保護・活用において模範となる企業や個人を称えるものであり、日本における知財戦略の高度化に貢献する重要な制度だ。三菱電機の今回の受賞は、同社が推進するオープンイノベーションを中心とした知財活動の成果が高く評価された結果であり、製造業が直面する激動の環境において、一つの指標を示したとも言える。
知財功労賞とその意義
知財功労賞は、経済産業省と特許庁が共同で主催する「知財功労者表彰」の一環であり、発明推進協会との連携によって実施される。毎年4月18日の「発明の日」を記念して表彰が行われており、技術革新を支える知財の社会的重要性を広く認知させる役割も果たしている。
特許庁長官表彰はその中でもとりわけ評価が高く、受賞には単なる特許出願数や登録件数だけでなく、知財の戦略的活用、産学官連携の質、グローバル対応力、社内体制の整備などが総合的に審査される。
三菱電機の知財戦略とオープンイノベーション
今回の受賞の背景には、三菱電機が近年強化してきたオープンイノベーション戦略がある。これは、外部の技術やアイデアを積極的に取り入れ、自社の強みと組み合わせることで革新的な価値を創出しようとする取り組みだ。同社では2017年以降、研究開発体制の抜本的な見直しを進めてきた。かつてはクローズドな技術開発を主軸としていたが、今では大学やスタートアップ、他の大手企業との連携を積極化し、「共創」による価値創出を推進している。
その象徴的な取り組みの一つが「METoA Ginza(メトア銀座)」やオープンイノベーションハブの開設である。これらは社外との接点を広げ、共同研究のプラットフォームとしても機能している。さらに、同社が独自に構築した「知財マネジメントシステム」は、技術のシーズを発掘するだけでなく、マーケットニーズとの整合性を精緻に分析する機能を持ち、これが知財活動全体の質を高めている。
独自の強み:社会課題に根差した知財活用
三菱電機の知財戦略のユニークな点は、単に自社の競争優位性を確保するためだけでなく、社会課題の解決と密接に結びつけている点にある。たとえば、再生可能エネルギーの導入を加速するスマートグリッド関連技術や、AI・IoTを活用した都市インフラの最適化技術など、同社のコア技術は社会全体の持続可能性に寄与する方向性を持っている。
これにより、特許ポートフォリオも防衛的ではなく、攻めの構成をとっており、他社とのライセンス交渉や共同開発にも柔軟に対応可能な体制を構築している。グローバル展開においても、欧州や中国などでの現地出願戦略や現地パートナーとの連携が強化され、単なる日本発の技術ではなく、世界基準の知財としての位置づけを意識した取り組みが進行中だ。
未来を見据えた“開かれた知財”へ
知財は本来、技術やデザインを独占する権利であるが、三菱電機はその思想を転換しつつある。すなわち、「囲い込む知財」から「開く知財」へのシフトである。これは、「知の共有」と「競争力の両立」という、一見矛盾した価値観を両立させる高度な経営判断を意味する。
同社の知財部門では、近年「知財イノベーションパートナー制度」を導入し、社外研究者との知的財産の共同管理・活用を制度化。特許やノウハウが閉じられた資産であるだけでなく、戦略的に“開放する”ことで新たな市場機会や技術展開を生み出す動きが本格化している。
製造業の未来と知財の役割
製造業における競争軸が「モノ」から「コト(体験、ソリューション)」へと移行する中で、知財の役割も変容を求められている。単なる発明の保護に留まらず、事業モデルそのものを支える柱としての知財。たとえば、データドリブンなサービス提供や、サブスクリプションモデルといった新たなビジネス形態では、ソフトウェア、アルゴリズム、利用データの扱いが重要となる。ここでも三菱電機は、早くからデジタルツイン技術やAI制御に関する特許を蓄積し、技術力と知財の融合により「稼ぐ力」を強化している。
最後に:知財を企業文化に昇華させる
三菱電機の取り組みの真価は、知財を単なる法務的・技術的機能としてではなく、「企業文化」として昇華させている点にある。社員一人ひとりがアイデア創出を意識し、それを社会実装までつなぐサイクルを体現している。同社の研究者や開発者が、出願の意義やビジネスとの接点を深く理解し、自ら知財活動を担うような人材育成も、長期的な競争力の源泉だ。
今回の「知財功労賞」受賞は、そのような地道な努力の結晶として位置づけられる。今後も三菱電機が、知的財産を軸にした価値創造を加速させ、日本の製造業の進化を牽引する存在となることを大いに期待したい。