BYD、電動化特許で世界をリード──寒冷地対応「自己発熱電池」で市場を拓く


中国のEV大手・BYD(比亜迪)が、電動化に関連する特許出願数で世界的に突出している。世界知的所有権機関(WIPO)のデータや中国国家知識産権局(CNIPA)によると、BYDはモーター制御、バッテリーマネジメント、駆動系統、熱制御技術など広範な分野で急速に特許出願を積み上げており、2023年の段階で「電動化技術」において世界トップクラスの知財ポートフォリオを築いている。

中でも注目すべきは、「寒冷地対応」に特化したEV電池技術だ。BYDが開発した「自己発熱電池」は、氷点下でも効率的に作動する画期的な構造を持ち、カナダ、ロシア、北欧など極寒地市場での競争力を一気に引き上げている。

「寒冷地で使えないEV」の常識を変えるBYDの戦略

従来のEVは、寒冷地でのバッテリー性能劣化や航続距離の低下が大きな課題だった。リチウムイオン電池は温度依存性が高く、マイナス10℃を下回ると充放電効率が著しく低下し、場合によっては車両の始動すら困難になることもある。このため、寒冷地では内燃機関車(ICE)の優位性が根強く、EVの普及は鈍化していた。

BYDはこの課題に正面から取り組み、2020年以降、熱制御と自己加熱機能を兼ね備えた「ブレードバッテリー(刀片電池)」に改良を重ねてきた。中でも「自己発熱電池(Self-Heating Battery)」と呼ばれるシステムは、電池内部にヒーターを内蔵するのではなく、電池セル自身が熱を生み出す仕組みによって構築されている。

この構造により、外部ヒーターや大規模なバッテリー加温装置に頼ることなく、EVが自律的にバッテリー温度を調整できる。BYDの発表によれば、マイナス20℃の環境下でも10分以内に電池温度を常温レベルに戻し、即時走行が可能になるという。

特許から読み解く自己発熱のメカニズム

CNIPAのデータベースや公開特許資料から、BYDが申請した自己発熱関連の特許内容を分析すると、以下のような複合的な技術構成が見えてくる。

  • 電池セルの発熱制御回路:電流を高効率で流し、内部抵抗によるジュール熱を利用して加熱する。

  • 発熱モード切替システム:温度センサーと連動し、通常走行時と寒冷時で出力モードを変更。

  • バッテリーマネジメント統合制御(BMS):加熱プロセスを車両全体のエネルギー管理と統合することで、航続距離を最大化。

  • 多層絶縁素材の応用:熱を逃がさず、特定の方向に効率よく伝導する断熱素材の採用。

これらの要素技術はいずれも、個別に特許出願されており、BYDはこれを囲い込む形で知財戦略を構築している。特に「発熱と冷却を両立させるバッテリーパックの構造」や「極寒時でも加熱を即時起動するスイッチング制御」に関する出願は、他社との差別化ポイントとなっている。

独自情報:テスラやトヨタとの技術的差異

筆者が調査した複数の出願資料を比較すると、BYDの自己発熱技術は、テスラやトヨタと比べて「加熱までの応答時間」と「熱効率性」において優位性がある。例えば、テスラは2023年にモデルY向けに「バッテリー加熱用の液冷式ヒーター」を搭載したが、これには外部からの電力供給が必須となる。一方、BYDの方式では、バッテリーセルそのものの電流制御により自己加熱が可能で、外部リソースに依存しない。

トヨタは固体電池の研究でリードしているが、現時点では量産化に至っておらず、寒冷地対応型の実用電池は開発段階にとどまっている。

BYDは、電池製造からEVの最終製造までを自社グループで一貫して行う「垂直統合モデル」を採っており、バッテリー素材の配合や構造設計にまで踏み込んだ改良が可能だ。これは、パナソニックなど他社からバッテリー供給を受けるOEM型とは一線を画している。

寒冷地市場と輸出拡大の布石

2023年以降、BYDはノルウェー、スウェーデン、カナダといった寒冷地の市場でEV販売を拡大。カナダではブレードバッテリー搭載車が「-30℃でも始動できる」と評価され、現地の公共交通や配送車両向けに導入が進んでいる。さらに2025年にはアラスカ州への商用EV供給契約も計画中とされており、寒冷地特化技術の優位性がビジネス面でも顕在化している。

また、同技術の特許は米国、欧州、中国、日本の各国でPCT(国際特許出願)経由で出願されており、今後の技術輸出やライセンス収益の源泉にもなりうる。

今後の展望:脱炭素と知財戦略の融合へ

BYDの電動化特許戦略は、単なる「EVメーカー」の枠を超え、「脱炭素インフラの中核プレイヤー」へと進化している。バッテリー、モーター、熱制御というEV三本柱のすべてに強みを持つ同社は、次世代のスマートグリッドやV2G(Vehicle-to-Grid)システムとも連携可能な技術資産を積極的に蓄積している。

自己発熱バッテリーに象徴されるように、気候条件への適応力がEV普及のカギを握る今、BYDの技術と特許の蓄積は、単なる先行者利益ではなく「地球規模の環境対応力」を体現する武器となっている。

特許の読み解き方次第では、これからのEV競争において「どの企業がどの市場で勝つか」のシナリオが見えてくる。寒冷地という“未開のフロンティア”を制したBYDの次の一手に、世界が注目している。


Latest Posts 新着記事

終わりなき創造の旅 厚木の発明家が挑む“次の技術革命”」

特許数でギネス更新 21世紀のエジソン、厚木に―発明の街が問いかける、日本の未来図 神奈川県厚木市―東京からわずか1時間足らずの距離にあるこの街が、世界の技術史に名を刻んだ。特許数の世界記録を更新した発明家、山﨑舜平(やまざき・しゅんぺい)氏が拠点を構えるのが、まさにこの地である。彼の名がギネス世界記録に再び載ったというニュースは、科学技術の世界だけでなく、日本人のものづくり精神を象徴する話題とし...

知財は企業の良心を映す鏡――4億ドル評決が語るイノベーションの倫理

2025年10月、米テキサス州東部地区連邦地裁で、韓国の大手電子機器メーカー・サムスン電子に対し、無線通信技術の特許侵害を理由に4億4,550万ドル(約690億円)の賠償を命じる陪審評決が下された。この判決は、単なる企業間の紛争を超え、ハイテク産業における知的財産権(IP)の重みを再認識させる事件として、世界中の知財関係者の注目を集めている。 ■ 「技術を使いたいが、支払いたくない」——内部文書が...

知財が揺るがす電機業界――TMEIC×富士電機、UPS特許訴訟の裏側

2025年夏、産業用電源装置分野を揺るがすニュースが伝わった。東芝三菱電機産業システム(TMEIC)が、富士電機の無停電電源装置(UPS)製品が自社の特許を侵害しているとして、韓国において訴訟および輸入禁止の措置を求めた件である。韓国貿易委員会(KTC)は8月下旬、TMEICの主張を一部認め、富士電機製の特定UPSモデルについて韓国への輸入を禁止する決定を下した。日本企業同士の知財紛争が、国外で具...

「JIG-SAW、AI画像技術で米国特許を獲得へ 知財を武器にグローバル競争へ挑む」

はじめに:発表概要と意義 JIG-SAW(日本発の IoT / ソフトウェア/AI ベンチャーと理解される企業)は、米国特許商標庁から「コンピュータビジョン技術」に関する Notice of Allowance(特許査定通知) を取得した旨を、自社ウェブサイトおよびニュースリリースで公表しています。 具体的には、JIG-SAW は「コンピュータビジョン技術、画像処理・画像生成支援技術」分野において...

「特許で世界を包囲する中国 イノベーション強国への加速」

はじめに:なぜ国際特許出願数が注目されるか イノベーション(技術革新)の国際競争力を測る指標として、研究開発投資、論文発表数、特許出願数などが長らく注目されてきました。特に国際特許(例えば、特許協力条約 PCT 出願、あるいは各国出願による外国での保護を意図した出願)は、一国の発明・技術が国際市場を見据えて保護を志向していることを示すため、技術力だけでなく国際志向性の強さも反映します。 近年、中国...

「AI×知財が生む国産イノベーション ナレフルチャットの議事録特許が拓く未来」

2025年秋、CLINKS株式会社が提供する法人向け生成AIチャット「ナレフルチャット」が、議事録生成技術に関する特許を取得した。 このニュースは単なる技術発表にとどまらず、「AIが人の仕事の記録と知識をどう扱うか」という大きな変化の象徴でもある。 いま、AIは“人の代わりに考える”段階から、“人の思考を支える”段階へと進化している。 その中で、「会議をどう記録し、どう活かすか」は、企業の知的生産...

「日用品にも知財戦争 クレシア×大王製紙、“3倍巻き”特許訴訟の行方」

はじめに:争点と構図 日本製紙クレシア(以下「クレシア」)は、トイレットペーパーについて、従来品に比して「長さ3倍(長巻き)」としつつ実用性を保つ技術を有する特許を取得しており、これを背景に、同種製品を販売する大王製紙(以下「大王製紙」)に対し、製造・販売の差止めおよび約3,300万円の損害賠償を求めて訴訟を提起しました。 第1審(東京地裁)では、クレシアの請求は棄却され、大王製紙の製品がクレシア...

「ナノレベルの精度を支える静電チャック ― ウエハー温度均一化の秘密」

ウエハー温度を均一に保つ静電チャック ― 半導体製造を支える見えない精密技術 半導体製造の現場では、目に見えない高度な工夫が、日々の歩留まりや性能向上に直結しています。その代表例の一つが、静電チャック(Electrostatic Chuck, ESC)です。静電チャックは、半導体ウエハーをチャック面で静電力により吸着保持し、ナノメートル単位の加工を可能にする装置です。表面からはただの「吸着板」のよ...

View more


Summary サマリー

View more

Ranking
Report
ランキングレポート

海外発 知財活用収益ランキング

冒頭の抜粋文章がここに2〜3行程度でここにはいります鶏卵産業用機械を製造する共和機械株式会社は、1959年に日本初の自動洗卵機を開発した会社です。国内外の顧客に向き合い、技術革新を重ね、現在では21か国でその技術が活用されていますり立ちと成功の秘訣を伺いました...

View more



タグ

Popular
Posts
人気記事


Glossary 用語集

一覧を見る