AIと“卓を囲む”時代へ──ソフトバンクがTRPGプレイヤー代替AI技術を特許出願


TRPGとAI、交わる未来

「テーブルトークRPG(TRPG)」と聞いて、ピンとくる人はどれほどいるだろうか。キャラクターを演じ、プレイヤー同士で物語を紡ぎ、サイコロ(ダイス)の目で運命が左右される──そんなアナログゲームの一種だ。テーブルトークの名の通り、物理的に卓(テーブル)を囲むことが本質とされてきた。

しかし現代は、仲間が集まらない。忙しさ、物理的距離、世代の壁。面白さは知っていても、続けるのが難しい──そんな声がTRPGコミュニティでは長らく課題とされてきた。

この「卓を囲む仲間不足」という根源的課題に、あのソフトバンクが技術で応えようとしている。2025年4月、同社が出願した特許「ロールプレイングゲームの進行補助装置および進行補助方法」(特願2024-027684)は、AIがTRPGに“参加者”として関与し、GM(ゲームマスター)やプレイヤーの役割を補完・代行する内容となっている。

特許の技術概要:AIが「TRPGプレイヤー」の役を演じる?

この特許の肝は、AIがテーブルトークRPGにおいて、登場キャラクターを演じる(ロールプレイ)能力を備えた「進行補助装置」であることだ。

具体的には、以下のような機能を持つ。

  • AIがルールブックやシナリオ情報を解析し、ゲームの状況に応じたキャラ発言や行動を生成する。

  • プレイヤーの入力に対し、AIが「ロールプレイでの応答」を返す。たとえば、宿屋の店主になりきって会話をするなど。

  • ゲームの進行役(GM)として、判定処理やイベント進行をAIが代行することも可能。

  • プレイヤーキャラクター(PC)が欠けている場合、AIが“架空のプレイヤー”として参加することもできる。

これにより、人手不足でキャンセルせざるを得なかったセッションや、1人TRPG、リプレイ体験の強化など、従来困難だった運用が可能となる。

なぜソフトバンクがTRPGに?裏にある「感情AI」と音声認識技術

ソフトバンクが突如としてTRPG領域に乗り出した理由は一見不可解にも思えるが、同社が培ってきた音声AIやロボティクス技術の延長線上にこの特許は位置づけられる。

代表的な技術に、感情認識AI「感情エンジン」や、会話対応ロボット「Pepper」に用いられた対話フロー構築技術がある。TRPGとはすなわち、「人間の会話と創造的応答の連鎖」である。つまり、ゲーム進行に必要な要素は「自然言語処理」「文脈理解」「キャラクター感情の演出」といったAIの得意分野と見事に重なる。

また、同社は近年、教育・福祉・エンタメの文脈でのAI活用を模索しており、本特許もその一環と見られる。つまりこれは単なるゲームの話ではなく、人間の創造性や共感をAIが支える“共演テクノロジー”としての提案なのだ。

AI×TRPG、5つの可能性

この特許技術が実装・普及すれば、以下のような未来が広がる。

  1. ソロプレイの拡張
     一人でもTRPGを「仲間と遊んでいるかのように」体験できる。孤独を埋めるパートナーAIの出現。

  2. 即席卓の形成
     DiscordやVRChatなどで、プレイヤー1名+AI2名で即興セッションを行うなど、時間と場所の制約が消える。

  3. 教育ツールとしてのTRPG普及
     TRPGは創造力・論理性・コミュニケーション力を養う教材としても優秀。AIが先生代わりになれば学校現場での活用も見込まれる。

  4. AIゲームマスターの登場
     シナリオを学習したAIが柔軟に即興展開を進める「デジタルGM」が誕生すれば、GM不足問題も解決する。

  5. ユーザー生成物(UGC)の拡張
     AIが生成したプレイログやキャラ台詞から二次創作が生まれるなど、物語の生成エンジンとしての新用途が期待される。

技術的な課題と倫理的論点も

もちろん、課題もある。最大の懸念は、「AIの応答が十分に物語的で魅力的か」という点だ。現在の大規模言語モデル(LLM)でも、会話の整合性や感情の細やかさには限界がある。AIが冗長な発話や誤解を含む応答をしてしまえば、没入感は失われる。

また、AIが物語を主導することで、「人間の創造性が奪われる」という懸念もある。TRPGとは、人と人の間に生まれる化学反応であり、それがAIに代替されることを「味気ない」と感じるプレイヤーも少なくない。

倫理的には、「AIがキャラを演じることで、過激な発言・暴力描写がなされる可能性」や、「プレイヤーの行動ログがAI学習に使われるリスク」も慎重な設計が求められる。

他社の動きとオープンソース系の潮流

AIとTRPGの融合に着目しているのはソフトバンクだけではない。2023年には、OpenAI APIを使った「AIダンジョンマスター」プロジェクトが個人開発者によりGitHubで話題となった。加えて、TTRPG制作ツール「Foundry VTT」では、ユーザー拡張機能としてGPT連携の会話ボットが導入されている。

また、ChatGPTやClaudeなどのチャット型AIを使って「自作シナリオをGM代行させる」という動きは、すでに海外コミュニティで広がっている。つまり今回のソフトバンクの動きは、「国産TRPG支援AIの基盤を確立する」試みとも言える。

TRPGの未来は、“AIと卓を囲む”こと

TRPGとは、紙とペンと想像力で世界を作るゲームだ。そこにAIが加わることは、一見“味気ない未来”にも思える。だが、むしろAIは人間の想像力を補強する「裏方」として機能しうる。GMの疲弊を防ぎ、プレイヤーが物語に集中できるようにする黒子として、AIは最良の仲間になり得る。

AIとともに冒険し、笑い、涙し、ダイスを振る──そんな風景は、もう遠くない。

ソフトバンクの特許は、その未来への「先手」なのである。


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