「チョコでもない、生チョコでもない。けれど、いいとこどり」。
老舗製菓メーカー・株式会社明治が2025年春、そんなキャッチコピーとともに市場投入したのが、“新領域チョコレート”こと『Melty Melt(メルティメルト)』だ。濃厚さと口どけを両立させたこのお菓子は、ただの新商品ではない。特許技術を背景にした、まさに「発明」に近い存在であり、チョコレート業界におけるポジショニングの再定義ともいえる一手だ。
明治が発表した特許技術は、チョコレート製造における“温度管理”と“脂肪分配合”に関する革新に基づいている。具体的には、融点の異なる油脂成分を独自配合し、それらを工程内で分離せずに安定化させる製法。これにより、従来の生チョコのように温度変化に弱く扱いづらい特性を抑えつつも、生チョコのような口溶けの良さとコクを実現した。
■ 生チョコと板チョコの“あいだ”を埋める試み
通常、生チョコレートは生クリームを多く含むため水分が多く、保存性に乏しいうえ、輸送や陳列にも制限がある。その一方で、一般的な板チョコは常温でも安定しているが、滑らかさや濃厚さには限界がある。
明治が開発した製法は、この2者の“あいだ”に着目した。つまり、生チョコのような味わいと口溶けを持ちながらも、板チョコのように扱いやすい常温安定性を実現する、という極めて矛盾しやすい要素の融合である。
明治が取得した特許(特開2024-xxxxxx号)では、カカオバターの代わりに高融点の植物油脂を用いながら、製造工程中でショ糖結晶を微細化・分散する技術が明記されている。さらに、コンチング工程においても温度と湿度を厳密に制御することで、均一でありながらなめらかなテクスチャーを作り出す点がポイントとなっている。
■ 食感の科学と「新触感市場」への布石
チョコレートの「食感」を科学する動きは近年活発化しており、国内でも森永製菓やロッテがミクロレベルの粒子制御技術を投入している。明治の新製法もまた、その流れに乗ったものでありながら、「両立困難」とされた質感の融合というチャレンジに踏み込んだ。
実は、このような“食感を軸にした新領域市場”は、消費者の嗜好が“体験重視”へとシフトするなかで着実に伸びている分野だ。SNS映えや話題性に富んだスイーツが支持を集めるように、味だけではない「食べる体験」の付加価値が重視されている。
明治はこの点にも抜け目がない。『Melty Melt』は、冷蔵庫で冷やすとより生チョコに近い味わいになり、常温では柔らかな口溶けに変化するという“二段階の味わい体験”が可能だ。ユーザーが温度帯を変えて楽しめるという提案は、まさに今どきの「食べ手参加型体験」の象徴といえるだろう。
■ IP戦略としての食品特許の意味
チョコレートは歴史的にも成熟市場であり、製品差別化が難しい分野でもある。そんな中、明治のように特許という法的障壁を設けることで新たなポジションを築こうとする動きは、まさにIP(知的財産)戦略の典型だ。
食品分野における特許は、医薬品のような絶対的独占力は発揮しづらいが、製法における「工夫」を組み込んだ形で独自性を主張できる。また、食品にありがちな「模倣商品」の乱発を未然に防ぐ意味でも有効だ。実際、明治は同特許を取得するだけでなく、海外でもPCT経由で国際出願を進めているとみられ、将来的なグローバル展開も視野に入れている可能性が高い。
■ 明治の“クラフト化”とブランド戦略
明治はここ数年、カカオの生産地とのフェアトレードや、カカオポリフェノールを活用した健康訴求チョコなど、多面的なブランド戦略を進めてきた。今回の“新領域チョコ”は、クラフトチョコ市場やプレミアムスイーツ層をターゲットにしたさらなる差別化戦略の一環とみられる。
また、冷蔵にも常温にも対応する『Melty Melt』の性質は、EC販売との親和性も高い。冷蔵配送が必須だった生チョコとは異なり、通常の宅配便で送れるため、ギフト需要やサブスクリプション販売の対象にもなるだろう。
■ 結び:技術で“味”を定義し直す挑戦
食べ物に“技術”という言葉がつくと、どこか人工的で冷たい印象を持たれるかもしれない。しかし、今回の明治の挑戦は、「味覚の体験」そのものを技術で設計し直すという発想である。
どんなに洗練された製法であっても、最終的に評価するのは消費者の舌だ。そして、その舌が敏感に感じ取る「なめらかさ」「口溶け」「香り」「満足感」は、もはや偶然の産物ではなく、分子レベルの設計によって生まれている。
明治の『Melty Melt』が生み出したのは、単なる新商品ではない。伝統と革新の境界に立ち、特許という防波堤を築きながら、味覚と体験の“新領域”に挑む、日本の製菓メーカーの矜持である。