インド最大手の自動車メーカー、タタ・モーターズ(Tata Motors)が、2024年度に過去最多となる年間600件超の特許出願を行い、国内自動車業界における知的財産戦略の先頭に立っている。これは、インド特許庁が発表した最新のデータにも裏打ちされており、同社の技術力の結集と戦略的知財活動の成果といえる。
EVとコネクテッドカーへの集中投資が背景
今回の特許出願増加の主な要因は、電動化(EV)とコネクテッドカー技術への集中投資にある。タタ・モーターズは、傘下に持つ電動車ブランド「タタ・エイヴィ(Tata EV)」の拡大と、スマートカー・ソリューションにおける国内市場の急成長に対応する形で、研究開発体制を再編。とりわけ、車載ソフトウェア、バッテリーマネジメント、エネルギー回生システム、車両診断の分野で特許出願を加速させている。
注目すべきは、特許出願の約75%がソフトウェア関連技術である点だ。これは従来のインド自動車業界に見られなかった知財構成であり、「ハード中心」から「ソフト主導」へと産業構造が転換していることを象徴している。
タタ流「知財ミックス」の実践
単なる特許出願数の多さではなく、タタ・モーターズの注目すべき点は、「知財ミックス」戦略の巧妙さにある。彼らは特許、意匠(デザイン)、商標、さらには営業秘密を含む多層的な知財ポートフォリオを構築している。
たとえば、2023年に発売された新型EV「Nexon EV Max」に搭載された独自のユーザーインターフェースや運転支援アルゴリズムは、特許とデザイン権で保護されており、同時に「ZConnect」と呼ばれるモバイルアプリは商標登録済みだ。これにより、ハードとソフトの一体的保護、すなわち“囲い込み”が実現されている。
こうしたアプローチは、欧米や日本のトップ自動車企業がすでに導入している「IP主導型製品戦略」に近く、タタ・モーターズが世界水準で競争し得る体制に近づいていることを意味する。
グローバル化と「防御から攻勢へ」の転換
タタ・モーターズは、かつてはライセンス導入に依存した技術導入型メーカーだった。しかし、2008年に英ジャガー・ランドローバー(JLR)を買収して以降、グローバル競争の中での技術力の内製化が急速に進んだ。JLRで培った高級車向けの電動技術や安全設計ノウハウは、今やインド国内モデルにも反映されており、タタの製品品質を一段と押し上げている。
さらに、インド発のEV技術をアジア・アフリカ市場に展開する計画も進行中であり、特許出願の地理的な拡張(PCT出願や複数国出願)も加速している。これは単なる防御的知財戦略ではなく、「市場開拓のための攻勢的IP活用」へとシフトしていることを示す。
インド政府の支援と民間の知財感度の変化
特筆すべき背景として、インド政府の知財強化政策も無視できない。モディ政権は「Make in India」政策とともに、特許出願審査の迅速化、IP支援補助制度、女性発明者支援などを推進。これにより、国内企業が国際競争力のある知財ポートフォリオを持つことが政策的にも後押しされている。
また、タタ・モーターズ以外にも、マヒンドラ(Mahindra)やアショック・レイランド(Ashok Leyland)といった大手メーカーが研究開発と知財管理の強化に取り組んでおり、インド自動車業界全体の「IPリテラシー」が底上げされつつある。
日本企業にとっての示唆
日本の自動車メーカーがインド市場に進出する際、もはや「技術的優位」だけでは競争優位を維持できない。タタ・モーターズのように、現地に根ざした研究開発、そして権利化とブランディングを並行して行う「知財ミックス」戦略を採らなければ、市場での存在感は希薄になりかねない。
実際、インド国内の電動二輪車市場では、Hero ElectricやOla Electricといった新興企業が高密度な特許とデザイン権で市場を先取りし、大手外資系の参入を難しくしているという指摘もある。
おわりに:知財で「勝ち続ける企業」へ
タタ・モーターズの過去最多特許出願は、単なる数の勝負ではなく、変革期の自動車産業で勝ち残るための知財による土台作りである。そして、これはインド企業に限らず、あらゆる新興国企業が持ち得るポテンシャルを示す好例でもある。
タタ・モーターズがこのままグローバル知財戦略を深化させれば、「インド発の知財強者企業」として、今後のEV市場やモビリティ産業全体の流れを左右する存在になる可能性すらある。
世界の自動車産業が「ソフトウェア定義車両(SDV)」という新たな段階に入る中、技術だけでなく知財で勝つ企業―その未来像を、タタ・モーターズがインドから提示しつつある。