この判決は、欧州全域をカバーするUPC制度下で初めて本格的に注目されたアジア企業間の知財訴訟でもあり、国際知財戦略上、非常に意義深いケースとなった。
本稿では、今回の判決の背景とその意味、そしてこの事案から読み解ける今後の特許戦略の方向性について、独自の視点も交えながら考察する。
欧州統一特許裁判所とUPC制度の意義
まず、今回の舞台となった「欧州統一特許裁判所(UPC)」は、2023年6月に正式に稼働を開始した新しい裁判制度である。従来、欧州での特許訴訟は国ごとに個別に提起され、ドイツ、フランス、イタリアなど主要国でそれぞれ異なる判断が下る可能性があった。しかしUPC制度により、統一特許(Unitary Patent)に基づく訴訟は、一度の判断で欧州各国における効力を一括して得ることが可能になった。
ヒューロム社がこの新制度を活用し、クビンス社の欧州での販売活動に対して強力な差止・損害賠償措置を求めた点は、極めて戦略的である。これは単なる特許権行使にとどまらず、欧州市場における競合の動きを一網打尽に封じ込める「面」での対応であり、知財ミックスの観点からも注目に値する。
ヒューロム対クビンス:特許をめぐる韓国企業同士の熾烈な攻防
ヒューロム社とクビンス社は、いずれも韓国発のスロージューサー市場を牽引してきた企業であり、欧米やアジア各国において激しいシェア争いを繰り広げている。今回争点となったのは、ジューサー内部のスクリュー構造およびモーター駆動系に関する技術であり、ヒューロム社が保持するEP登録特許(統一特許に移行済)に対して、クビンス社の新製品が「実質的に同一の構成を有する」として侵害が争われた。
判決においてUPC第一審部は、ヒューロム社の特許が有効であることを認め、かつクビンス社の製品が技術的範囲に属すると判断。これにより、クビンス社は該当製品の販売差止および損害賠償金の支払いを命じられる形となった。
重要なのは、このような特許紛争が単なる「製品模倣」の範疇を超え、技術的優位性とブランド信頼の両輪で事業を展開する企業間で発生しているという点である。
戦略的特許取得と訴訟のタイミング
ヒューロム社がこの訴訟で勝訴を勝ち取った背景には、早期からの戦略的な特許出願がある。特に、欧州特許庁(EPO)での審査に際して、競合の技術動向を逐一ウォッチしながら、クレーム文言の最適化と強固な権利化を進めていたという。
また、UPC制度の開始と同時に、対象となる統一特許への「オプトイン(選択適用)」を行った点も見逃せない。これは、UPCが担保する域内一括差止の利点を最大限活用する判断であり、実際に判決においても欧州17カ国での販売が一斉に差し止められるという、従来では考えられないほどの広範な効力が発揮された。
特許戦略における「知財ミックス」の意義
今回の勝訴を受けて注目すべきは、ヒューロム社が特許単体ではなく、「知財ミックス」を駆使している点である。具体的には、スクリューのデザインについて意匠権を取得し、製品パッケージにおいてもトレードドレス(非登録意匠)保護を主張しうる構成をとっている。
このように、1つの技術に対して複数の知財を重層的に保護し、訴訟時にも複数の武器として使い分けることが、グローバル市場では求められている。ヒューロム社は、欧州に限らず、中国、米国、ASEAN市場においても同様の「知財レイヤー」を張り巡らせており、これは今後の日本企業にとっても参考になる戦略といえる。
今後の展望と日本企業への示唆
今回のケースは、単なる一企業間の訴訟事例にとどまらず、UPC制度という新たな土俵での知財戦略が現実に機能しうることを示した好例である。また、韓国企業の機動的かつ攻撃的な特許運用は、グローバル競争において日本企業が見習うべき点を多く含んでいる。
一方で、UPCはまだ制度としての運用が始まったばかりであり、今後控訴審や他の事案で判断が揺れる可能性もある。また、欧州以外の市場では、依然として国ごとの訴訟戦略が不可欠であり、知財部門には柔軟かつ統合的な視点が求められる。
特にスタートアップや中小企業にとって、UPC制度の活用はハードルが高いと思われがちだが、早期からの情報収集と専門家ネットワークの活用により、自社に最適な知財戦略を描くことは可能である。ヒューロム社のように、1つの特許が事業成長を牽引しうる時代において、知財は単なる「防御ツール」ではなく、攻めのビジネス資源であると認識すべきだろう。
まとめ
ヒューロム社のUPC訴訟勝訴は、特許戦略が企業競争力に直結する時代において、いかに知財をビジネスに組み込むかを体現した象徴的な事例である。新たな制度の活用、戦略的な出願と訴訟のタイミング、そして知財ミックスによる重層防御――そのすべてが組み合わさることで、企業は技術と市場の両面で優位性を築ける。
日本企業もまた、こうした事例から学び、自社の知財戦略を再構築する契機とするべきだ。特許は、守るだけでなく攻めるためにこそ、ある。